All Categories
『ロシア テレスコープ』シリーズの(Ⅰ)は北海道の幸福駅ブームに関連して、シベリア鉄道の駅名をめぐるロシア人の意見の紹介などで章を始めました。日本で流行った紅茶きのこの話題も取り上げました。また、江戸の学者林子平はロシアの千島進出を警戒して北方の軍備強化を唱える書「海国兵談」を著わしたといわれます。この書はベニョフスキーというカムチャツカの脱獄囚が日本近くを通りがけに日本に送った書簡の内容がきっかけで書かれたともいわれます。(Ⅰ)ではベニョフスキーが日本のあと、インド洋を渡り、マダガスカルに至る航海のあとを追いました。 (Ⅱ)はソ連でも流行り始めたエアロビクスや、長年禁止されていたシベリアのヤクート人の民族の祭典を紹介し、20世紀80年代のソ連国内の空気に触れてみました。 (Ⅲ)ではアメリカとユーラシア両大陸を結ぶベーリング海峡トンネル構想について冷戦後の米露の歩み寄りの具体例としてその一端を伝えました。 (Ⅳ)はゴルバチョフ時代の顕著な例としてソ連時代に無理やり変えさせられた数千に及ぶ旧地名の復活を可能な限り記録することに努めました。 (Ⅰ)から(Ⅳ)を通じて隣国ロシア国内の生活の一端を知ることが日本海を中心とする極東の平和、ひいては世界平和の一助になる相互理解として役立つことを願いました。 『ロシア テレスコープ』は(Ⅰ)〜(Ⅳ)で完了の予定でしたが、二〇〇八年から二〇一七年にかけて日本ユーラシア協会の月刊紙『日本とユーラシア』に連載した「テレスコープ」を『ロシア テレスコープ』の(Ⅴ)として出すことにいたしました。